
日本の行政は生成AIでどう変わる?──デジタル庁職員の利用実績と『ガバメントAI・源内』の全貌
目次
1. なぜ今、行政に生成AIが必要なの?
日本の行政は、人口減少・少子高齢化で“人手不足が長期化する”という現実に直面しています。限られた人数でサービス品質を保ち、むしろ向上させるには、定型業務の省力化と知的業務の支援が不可欠。そこで鍵になるのが生成 AIです。デジタル庁は「公共サービスを維持・強化するために AI 活用は不可避」と宣言し、政府・自治体の横断利用を見据えた基盤整備を進めています。
2. デジタル庁の取り組み概要:ガバメントAIと『源内』
デジタル庁は 2025 年 5 月、政府向け AI 基盤「ガバメント AI」の取り組みの一環として、職員が共通で使える生成 AI 利用環境『源内(げんない)』を内製開発で構築。庁内の実務に直結する複数アプリ(国会答弁検索 AI/法制度調査支援 AIなど)を提供し、使い方と課題を実地で検証しました。公開された資料では、「庁内検証の知見を政府・自治体へ展開する方針」も明記されています。 また、デジタル庁は 2025 年 8 月に「デジタル庁職員による生成 AI の利用実績に関する資料」を掲載し、利用実績を公開しています。(https://www.digital.go.jp/news/08ded405-ca03-48c7-9b92-6b8878854a74)
3. 職員の利用実績:どのくらい使われ、何に効いた?
- 利用者:職員約 1,200 人のうち約950 人が利用
- 期間:2025 年 5〜7 月の3 か月間
- 実行回数:のべ 6 万 5,000 回以上(1 人あたり平均約 70 回)
- トップ用途:チャット(対話)、ついで文書生成・要約・校正・画像生成・翻訳などの汎用アプリ
- “使い込み”の偏り:100 回以上のヘビーユーザーが 150 人超いる一方、5 回未満で離脱した職員も約 170 人
- アンケート結果:約 8 割が事務の効率化に寄与と回答
導入わずか 3 か月で「定期的な活用が定着」している一方、階層(ポジション)ごとの利用差が明瞭に出た点も特徴的です。特に課長級以上の管理職では未利用者が目立ち、教育や運用設計による普及が次の課題となっています。
4. 実際のユースケース:庁内アプリの“使われ方”図鑑
(1)国会答弁検索 AI
国会議事録の公式 DB から関連度の高い答弁を自動で抽出。想定問答の準備時間を短縮し、根拠リンクを添えて確認できるため、説明責任の担保にも寄与します。
(2)法制度調査支援 AI「Lawsy」
e-LAWS と連携し、条文・関連資料を横断検索 → 要点レポート化。法令名・所管・改正履歴など見落としがちな周辺情報までまとめ、新人でも抜け漏れの少ない調査を実現。
(3)公用文チェッカー AI
文書が公用文作成のルールに沿っているかを自動チェック。敬体・文体統一、用語ゆれなどを即時に修正し、回覧前の手戻りを削減します。
(4)会議・議事録作成支援(Teams 連携)
録画データから自動書き起こし → 要約 →TODO 抽出。会議後の事務負担を軽くし、共有スピードを一気に上げます。
(5)庁内ヘルプ AI(SEABIS/EASY)
内部システムの膨大なマニュアル・FAQをナレッジ化。利用者の質問に手順で回答し、問い合わせ対応の手間を軽減。
『源内』で選べる基盤モデルはNova Lite(AWS)、Claude 3 Haiku/Claude 3.5 Sonnet(Anthropic)の 3 種(2025 年 8 月時点)。複数モデルの使い分けにより、速度・精度・コストのバランスを業務に合わせて最適化しています。
5. 国・自治体にとってのメリットと注意点
メリット
- 可視化された時短効果:短文生成・要約・根拠検索の“積み重ね”で、1 案件あたりの所要時間を大幅削減。
- 説明責任の強化:根拠資料に即アクセスできるため、意思決定・答弁準備の透明性と再現性が高まる。
- 人材の底上げ:新人でも一定品質のドラフトを素早く作れ、ベテランは思考・検証に時間を配分できる。
注意点
- “使い込み”の二極化:ヘビーユーザーと未活用層の差が大きく、研修・伴走が必要。
- プロンプト設計とガバナンス:機密区分・持ち出し禁止情報の扱い、記録の残し方(監査ログ)を運用ルールに落とし込む。
- モデル更新と適材適所:長文対応・リアルタイム性など、業務ごとにモデルの選択・更新計画を持つ。
6. ベストプラクティス:小さく始めて大きく広げる
- “目に見える効果”が出やすい業務から着手
例:議事録作成、文書チェック、FAQ 回答、答弁検索。週次 KPIで効果を見える化。 - テンプレートの共通化
成果が出たプロンプト/ワークフローはひな形化し、横展開。 - モデル使い分けのガイド
“速さ優先/精度優先/長文”など用途別に推奨モデルと注意点を整理。 - 監査ログの設計
誰が、どの資料を根拠に、どう生成したかを遡れるように。将来の説明責任とノウハウ継承に効く。 - 全庁展開を見据えた“移植性”
デジタル庁は『源内』の他省庁展開(移植)を計画。自治体も標準メニューを持つと導入が速い。
7. 比較表:インターネット接続型AI vs. クローズド運用
観点 | インターネット接続型 AI(外部 SaaS) | クローズド運用(庁内・政府基盤『源内』など) |
---|---|---|
立ち上げ速度 | 速い(すぐ試せる) | 構築に一定の初期設計が必要 |
セキュリティ | ベンダーの標準に依存 | 機密区分・通信経路・ログ要件を自前設計しやすい |
データ主権 | 保管・学習ポリシーは契約依存 | 保管場所・再学習の可否を内規で統制 |
拡張性 | 機能は豊富だがベンダーロックイン懸念 | 業務要件に合わせた内製アプリを積み上げやすい |
説明責任 | 出力根拠の追跡は工夫が必要 | 根拠リンク・操作ログを標準化しやすい |
コスト最適化 | 従量課金の最適化が鍵 | ユースケース単位でモデル使い分けしやすい |
ガバナンス | ベンダー規約+庁内規程 | 庁内規程を起点に全面設計(教育・監査含む) |
8. まとめ:行政の新しい“基盤”としての生成AI
- デジタル庁は共通利用環境『源内』を内製し、3 か月で約 8 割の職員が利用、のべ 6.5 万回超という実績を公表。効果は事務効率化だけでなく、根拠を伴う説明責任の強化にも及びます。
- 国会答弁検索 AI・法制度調査 AI・公用文チェック・議事録作成・庁内ヘルプ AIなど、“今ある業務”に直結するアプリが成果を牽引。
- 一方で使い込みの二極化やガバナンス設計などの宿題も明確。教育・テンプレート化・ログ設計で“全員活用”をめざすのが次のステップです。
- デジタル庁は、庁内で得た検証結果を政府・自治体へ展開する方針。日本全体の行政 DXにとって、生成 AI はあったら便利ではなくなくては回らない基盤になりつつあります。
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