目次


1. なぜ今「AIエージェント×既存システム連携」が重要なのか

ここ数年で、チャットボットや社内向け Q&A システムなど、「とりあえず試してみる」AI の PoC(概念実証)は一気に増えました。社内の PDF やマニュアルを読み込ませて、問い合わせ対応を効率化するような取り組みは、多くの企業が経験し始めています。

しかし、実際の現場で本当に効果が出るのは、単なる回答ではなく、「AI が自ら動いて業務システムを操作する」エージェント型の仕組みです。

  • 顧客から問い合わせが来たら、AI が CRM を検索し、最新の契約状況を確認する
  • 在庫が減ってきたら、AI が基幹システムにアクセスし、自動で発注データを作成する
  • 会議の議事録から ToDo を抽出し、AI がプロジェクト管理ツールにチケットを登録する

こうした 「システムとつながった AI」 こそが、単なるチャットツールを超えた業務改革の中心になります。

ところが、ここで必ず問題になるのが

「AI と既存システムをどう安全に、確実につなぐのか?」

というポイントです。

エンジニア視点では「API を叩けばいい」と見えがちですが、実際には以下のような課題がのしかかります。

  • 権限管理・監査ログ・エラー時の責任範囲など、IT ガバナンスの問題
  • 個別システムごとにバラバラな API を、運用チームが把握しきれない問題
  • ベンダーやクラウドサービスの変更のたびに、AI 側の連携ロジックを作り直す問題
  • 連携ロジックのメンテナンス・更新に時間とコストがかかる問題

これらを放置したまま PoC の延長線上で本番導入をすると、「最初のデモは良かったのに、運用は危なくて止めた」という残念な結末になりがちです。

そこで登場するのが、MCP(Model Context Protocol)という共通プロトコルを使った「中間システム」の考え方です。


2. PoC の壁:本番導入でつまずく典型パターン

まずは、多くの企業で起きている 「PoC まではうまくいくのに、その先で止まってしまう」パターンを整理してみましょう。

2-1. PoC でよくある構成

PoC では、余計な要素を極力減らして AI の本質的な効果を試すシンプルな構成がよく使われます。例としては、次のようなステップです。

  • クラウドの LLM やローカル LLM に、社内文書を読み込ませる
  • 社員はブラウザからチャット画面にアクセスし、自然言語で質問
  • AI が文章を要約したり、文書から回答を抜き出したりする

この段階では、既存システムとの連携はほとんど行いません。理由はシンプルで、

  • 余計な要素を減らして、AI そのものの効果を測りたい
  • 基幹システムに直接触るのはリスクが高く、社内調整に時間がかかる

といった事情があるからです。

2-2. 本番導入で突然現れる「見えないハードル」

ところが PoC で手応えを得たあと、本番導入に向けて動き始めると、社内の各部署から慎重な声が上がり始めます。すると以下のようなハードルが一気に浮かび上がります。

  • セキュリティ部門からの懸念
    • 「AI がどこまでの機密データにアクセスできるのか?」
    • 「操作履歴は誰が、どこまで追えるのか?(監査対応はどうする?)」
  • 運用部門からの懸念
    • 「夜間バッチとの競合や、メンテナンス時の挙動はどうなる?」
    • 「障害が起きたとき、AI 側と既存システム側のどちらが原因か、どう切り分ける?」
  • 経営層からの懸念
    • 「属人的なスクリプトでつないだだけでは、長期的な投資として不安」
    • 「ベンダーが変わったときに、全て作り直しになるのでは?」
    • 必要な投資対効果や、ベンダー変更時のコストについても懸念されます。

結果として、

「一部の部署では便利そうだが、全社展開は難しい」
「結局、AI は実験止まりだった」

というケースが少なくありません。

2-3. 「直結」ではなく「中間レイヤー」が必要

この問題の本質は、AI と既存システムを「直接つなぎすぎている」ことにあります。

  • AI 側から直接、各システムの API を呼び出す
  • システムごとの仕様に合わせたコードが、AI 用サーバーに散らばる
  • 設計者本人以外、どこに何があるか分からない

この状態では、セキュリティレビューも運用設計も難しくなります。

実際、直接連携の場合、新しいツールを導入するたびに AI 側の実装を修正しなければならず、開発・運用コストが増えていきます。しかし、MCP を導入すればインターフェースが共通化され、新たなツール追加時の作業量を大幅に削減できます。

そこで必要になるのが、

「AI と既存システムの間に、
標準化された中間レイヤー(ハブ)を置く

という発想です。その役割を担う仕組みの一つが、MCP(Model Context Protocol)です。


3. MCPとは?AIエージェントとシステムをつなぐ共通言語

3-1. MCP(Model Context Protocol)の概要

MCP は「Model Context Protocol」の略で、AI モデル(LLM)と外部ツール・システムを、安全かつ統一的に接続するためのオープンなプロトコルです。たとえて言うなら、MCP は AI にとっての「ツールを呼び出すための共通言語辞書」のような役割を果たします。

イメージとしては、

  • AI から見ると:「どのシステムであっても、同じルールで呼び出せる“ツール”の集合」
  • 既存システムから見ると:「AI に直接触られず、MCP サーバー経由でコントロールできる安全な窓口

という関係になります。

従来、企業システムの世界では OData や SOAP など、異なるシステム同士をつなぐための標準プロトコルが使われてきましたが、MCP はその「AI 版」とも言える存在です。

3-2. なぜ AI 時代に MCP が重要なのか

AI エージェントは、人間の指示に従って「自分で考え、必要なツールを選んで実行する」性質を持っています。このとき、ツールとの連携をバラバラのやり方で実装していると、次のような問題が起こります。

  • 新しいツールを追加するたびに、AI 側の実装を変更しなければならない
  • 権限や監査ログの設計がツールごとにバラバラになり、運用負荷が増える
  • 外部ベンダーに説明できる「統一されたインターフェース」がないため、協業しにくい

MCP では、

  • ツール側(既存システム連携側)は 「MCP サーバー」として標準仕様で公開
  • AI 側(LLM やエージェント側)は 「MCP クライアント」として共通の呼び出し方法で利用

という役割分担を行うことで、「一度ルールを決めてしまえば、あとは追加が楽になる」構造を目指しています。

例えば、直接連携の場合、新しいツールを導入するたびに AI 側のコードを都度修正する必要がありますが、MCP ではインターフェースが共通化されているため、新たな連携機能を追加しても AI エージェント側の手直しは最小限に抑えられます。

3-3. 管理者・経営者にとってのメリット

非エンジニアの方にとって重要なのは、細かい技術仕様ではなく、「MCP を入れると何が楽になるのか」という点です。

  • セキュリティ・コンプライアンス対応がしやすい
    • アクセス権限・ログ・レート制限などを MCP サーバー側で一元管理できる
  • ベンダーロックインを避けやすい
    • AI モデルを入れ替えても、MCP 側のツール定義はそのまま利用可能
  • 開発・運用コストの削減
    • 連携基盤を共通化することで、個別システムごとにワンオフの開発を行う必要がなくなり、長期的なコストを抑制できます。
  • システム連携の投資が「資産」になる
    • 個別 PoC 用のワンオフ開発ではなく、社内共通の連携基盤として再利用できる

つまり MCP は、「AI エージェント時代のシステム連携インフラ」だと捉えると分かりやすくなります。


4. MCPを中心にした連携アーキテクチャの全体像

ここからは、MCP を前提にした「AI エージェント × 既存システム連携」のイメージを、なるべく専門用語を減らして整理してみます。

4-1. 全体構成のイメージ

ここでは典型的な全体像を、具体的なレイヤー構成として示します。大きく分けると次のようなレイヤーがあります。

  1. ユーザー層
    • 社員が利用するチャット画面、業務アプリ、ワークフロー画面など。ここで業務指示や情報提供を行い、AI と対話します。
  2. AI エージェント層
    • LLM やエージェントフレームワーク(LangChain / LangGraph など)。ユーザーの指示を受け取り、必要なツールを選択し処理を進める「頭脳」に相当します。
  3. MCP 中間レイヤー
    • MCP サーバー群。各業務システムとつながる「窓口」として機能し、AI エージェントからの API 呼び出しを統一フォーマットで受け付けます。
  4. 既存システム層
    • 基幹システム、SaaS(CRM、会計)、ファイルサーバー、RPA など。MCP サーバー経由でデータ提供や操作を受け付ける既存システム群です。

AI エージェントが何かを実行するたびに、

ユーザー → AI エージェント → MCP サーバー → 既存システム

というルートを通ることで、どの操作も必ず MCP を経由する構造になります。

4-2. 「直結」と「MCP 経由」の違い(比較表)

分かりやすくするために、「AI からシステムに直接つなぐ場合」と「MCP を挟む場合」の違いを表にまとめます。

観点直接 API 連携MCP 中間レイヤー経由連携
実装スピード小規模 PoC なら速い最初は設計が必要
システム追加時の拡張性追加ごとに AI 側コードを修正MCP にツールを追加すれば AI 側は共通ルールで利用
権限管理・監査システムごとにバラバラMCP 側で統一ポリシーを適用可能
トラブルシューティング原因箇所の切り分けが難しいMCP のログで AI/システムどちら側か切り分けやすい
長期運用・保守担当者依存・属人化しやすい連携基盤として社内資産化しやすい
ベンダー入れ替えの影響LLM/システム変更時に再開発が必要MCP インターフェースを維持すれば影響を最小化
経営視点での投資対効果個別 PoC 止まりで資産化しにくい全社共通基盤になれば投資の回収見込みが立てやすい

表を見てもわかるように、PoC の段階では「直接つないだ方が速そう」に見える場合もありますが、本番導入や全社展開を考慮すると MCP を挟んだ中間レイヤーの整備はほぼ必須です。

4-3. ガバナンス設計のポイント

MCP 中間レイヤーを設計するときには、次の 4 点を特に重視する必要があります。

  1. 認証・認可
    • AI が実行できる操作を「ツール単位」で制限する。例えば「参照のみ可、更新不可」のような細かな権限分離を行います。
  2. 監査ログ
    • AI の動作ログを記録し、「誰が」「いつ」「何を実行したか」「どのデータにアクセスしたか」を確実に追跡できるようにする。
  3. レート制限と保護
    • 誤動作やプロンプトのミスで大量の更新が発生しないよう、ツール呼び出しのレート制限や異常検知を設けます。
  4. テストとサンドボックス環境
    • 本番と同じ MCP インターフェースを持つテスト環境(ステージング環境)を用意し、安全に動作検証できるようにします。

これらを AI アプリ側ではなく、MCP 側に集約して設計できることが、大きなメリットになります。


5. 代表的なユースケース:どんな連携が実現できるか

MCP を活用した AI エージェントと既存システムの連携は、業種を問わずさまざまな場面で活用できます。ここでは、イメージしやすいユースケースをいくつか紹介します。

5-1. 営業・カスタマーサポート

営業現場では、担当者が顧客対応の合間に様々な情報を集める必要があります。例えば、顧客企業の最新状況を把握するために、CRM やメール、ドキュメント管理システムなど複数のツールを行き来する手間が発生します。こうした作業を AI エージェントに任せることで、情報収集が格段に効率化されます。

想定シナリオ
ここでは仮に次のようなシナリオを考えてみましょう。

  • 営業担当が「〇〇社の最新の提案状況と過去 1 年の対応履歴をまとめて」とチャットで指示
  • AI エージェントが CRM や SFA、メールログ、ファイルサーバーなどに MCP 経由でアクセスし、必要な情報を収集・統合する
  • 集めた情報をもとに、重要なポイントを整理したレポートと次のアクション候補を自動生成
  • ユーザーは AI が生成したレポートを確認し、次の提案計画や顧客フォローに活用する

ポイント

  • 担当者ごとにバラバラだった情報収集の手順を、AI エージェントが標準化
    • 必要な情報を AI が自動的に集約し、標準化されたフローでレポートを生成します。
  • データ一貫性の向上
    • CRM やメールなど複数システムに分散していた情報を MCP 経由で統合管理できるため、情報更新のタイミングや内容の整合性が保たれます。
  • MCP 側で「参照のみ」「特定フィールドのみ更新可」など権限を細かく設定できる
    • アクセス権限を細かく制御することで、機密情報への不要なアクセスを防ぎます。

5-2. 製造・在庫管理

製造・在庫管理の現場では、品質を担保しつつコストを意識した効率運用が求められます。例えば、部品在庫が日々変動する工場では、在庫不足のリスクに迅速に対応したいというニーズがあります。こうした場合、AI エージェントと既存システムが連携することで次のようなシナリオが実現できます。

想定シナリオ

  • 現場リーダーが「この部品の在庫がしきい値を下回ったら、自動で発注案を作って」とチャットで依頼
  • AI エージェントが在庫管理システム・購買システムに MCP 経由でアクセスし、現在の在庫状況を取得
  • AI が収集した情報をもとに発注案を作成し、承認フローに回すところまでを自動化
  • 作成された発注案は担当者に通知され、人間の承認を経て発注が実行される

ポイント

  • 全自動ではなく、最後の承認は人間が行う「半自動」運用から始められる
  • トレーサビリティの向上
    • AI が提案した発注案や判断の根拠も MCP ログに残るため、後から操作履歴を参照して検証できます。
  • MCP 側で 参照のみ/更新可などの権限分離 を設定できるため、不正操作やミスによる誤発注リスクを低減できます。

5-3. 管理部門(人事・総務・経理)

管理部門でも、AI エージェントによる自動化が可能です。例えば、経費精算では複雑なルールと多くの申請が発生し、総務担当者は対応に追われがちです。このような業務フローに AI を導入すると、次のような連携が考えられます。

想定シナリオ

  • 社員が「経費精算の申請を手伝って」と AI に声をかける
  • AI が規程文書や過去の申請データを参照し、申請可否を判定。必要なら申請フォームに自動入力
  • AI の判断に不一致や疑問があれば、適宜ユーザーに質問を返して確認
  • 最終的に社員が AI の入力内容を確認・承認し、申請を提出

ポイント

  • 単なる FAQ ボットを超え、実際の申請業務まで AI がサポートすることで、従業員の手間を大幅に減らせる
  • ガバナンス強化
    • AI が規程違反の可能性を検知・警告することで、不正申請の未然防止につながる
  • MCP 側で権限を制御し、機密情報のアクセスを制限することで、情報漏洩リスクも低減できる

6. 導入ステップ:PoC から安全な本番運用へ

最後に、PoC を終えた後に 「AI エージェント ×MCP 連携」 を本番導入していくためのステップを整理します。

ステップ 1:PoC の振り返りと「連携すべき業務」の特定

  • PoC で実感した効果(回答精度、工数削減など)を整理し、経営層・現場に共有する
  • 「AI が文書を読むだけでは不十分で、どんなシステムとつながると一気に便利になるか」を洗い出す
  • 業務インパクトが大きく、かつリスクが比較的低い領域(参照中心の業務など)から候補を選定

ステップ 2:既存システムの棚卸しと優先度付け

  • 基幹システム、SaaS、ファイルサーバーなど、AI と連携したいシステムの一覧を作成
  • それぞれに対して次の観点で評価し、MCP でつなぐ優先順位を決める:
    • API の有無
    • データの機密度
    • 更新頻度・バッチ処理との関係
    • ベンダーとの契約・サポート状況
    • メンテナンス容易性(API 仕様の公開度やドキュメントの整備状況など)

ステップ 3:MCP 中間レイヤーの設計

  • 「どの業務に対して、どの MCP ツール(機能)を提供するか」を一覧化
  • 認証・認可、ログ、レート制限などのポリシーを定義する
  • 将来的にツールを追加しやすいよう、命名規則・ディレクトリ構造・運用ルールを整備
  • MCP サーバーの実装方式(自社開発・OSS・SaaS など)を検討し、それぞれのメリット・デメリットを整理

ステップ 4:パイロット導入と運用設計

  • まずは一部部署・限定的な業務で パイロット導入 を実施
  • 実際の利用ログをもとに次の点を収集・改善する:
    • AI の誤操作パターン
    • 業務側の運用ルールとの齟齬
    • 現場ユーザーのフィードバック
  • 評価指標(KPI)の設定: 処理時間や精度など定量的な指標を設け、パイロット期間中に効果を測定する
  • パイロット結果をレポート化し、達成度と改善ポイントを関係者に共有する

ステップ 5:全社展開と継続的なガバナンス

  • パイロットの成功事例をもとに、他部署への展開計画を策定
  • MCP を 「社内共通の AI 連携基盤」 と位置づけ、
    • 新しいシステム導入時は「MCP 連携前提」の要件を追加
    • ベンダー選定時に「MCP 対応の API 設計か」を評価項目に含める
  • 全社展開に向けて、他部署向けのトレーニングやドキュメント整備も計画に含める
  • AI 連携基盤の専任チーム・ガバナンス委員会を設置し、継続的な運用・改善体制を整備する

7. 失敗しないためのチェックリストとまとめ

7-1. 導入前チェックリスト

  • PoC の段階で「将来つなぎたいシステム」を具体的に議論しているか
  • AI と既存システムを直接つなぐのではなく、中間レイヤーを設計する方針があるか
  • MCP のような標準プロトコルを活用するメリット・デメリットを理解しているか
  • セキュリティ・運用部門を巻き込んで、権限・ログ・レート制限などのポリシーを決めているか
  • パイロット導入から全社展開へのロードマップが描けているか
  • 導入にかかるコストと期待される効果(ROI)を評価し、予算・投資対効果の見通しを明確にしているか

7-2. まとめ:AI エージェント開発だけでは「半分」しか終わっていない

AI エージェントそのものの開発は、あくまで全体の半分にすぎません。前半が AI エージェントの企画・PoC・プロンプト設計などで、後半が既存システムと安全につなぐ中間レイヤーの設計・運用です。この「後半」を軽視すると、PoC で素晴らしい成果が出ても本番運用でブレーキがかかってしまいます。

また、コスト面でも「後半」部分の設計投資は将来的なコスト削減につながります。しっかりした基盤を作っておけば、個別開発やシステム更新時のメンテナンス工数・コストが大幅に下がり、長期的な投資対効果が改善します。

逆に言えば、「MCP を活用した中間システムをしっかり設計できれば、AI エージェントは企業の“標準インターフェース”として長く使える」ということでもあります。

OpenBridge では、AI エージェントの開発だけでなく、MCP を活用した中間レイヤーの設計・実装・運用設計まで一気通貫で支援しています。

  • 既存システムの棚卸し
  • 連携方針・ガバナンス設計
  • PoC から本番運用への移行計画

など、お気軽にご相談ください。